2012年4月13日金曜日

キング・クリムゾンという迷宮

このところ好きなロック・アーティストのマイ・ベスト・アルバムを5枚選ぶというのをやってきた。そしていよいよついにキング・クリムゾンについて考えてみようと思い立ったのだ。何が「いよいよ」で、何が「ついに」かと言えば、クリムゾンは私が最も好きなバンドだからなのだった。
しかし、結論から言うと、どうしても5枚に絞りきれないのだ。
私的にはそれほどでもないと思っていて、低い順位だったはずのアルバムが、久しぶりに聴きなおしてみると、意外な良さがあって上位に進出しようとしてくる。しかし一方で、何回も何回も聴いたアルバムにも、またもや新しい発見があったりする。こちらの思い入れもたしかにある。たしかにあるが、それに応えるだけの世界を持ったやはり奥の深いバンドだなあ、とあらためて思ったのだった。
そんなこんなで、このベスト5選びは、さっぱり進まないまま、毎日毎日クリムゾンのアルバムを聴き続けている。まさに出口のない迷宮に踏み込んだような具合だ。

一応前提として書いておくと、ここで私のいうキング・クリムゾンとは、1960年代の末から70年代の半ばまで活動して解散した「本来の」キング・クリムゾンのことである。解散した後、80年代になって復活した「ディシプリン」クリムゾンや、90年代以降の「メタル」クリムゾンは、私の中ではキング・クリムゾンではない。
この区別は、べつにマニアックさゆえのこだわりではないつもりだ。たぶんあの頃からずっとロックを聴いてきた人にとっては、ごく普通の、ごく当たり前の認識ではないだろうか。だって、80年代以降の「クリムゾン」は、誰がどう聴いても全然別のバンドでしょ。ロバート・フリップがいくらどう言い張っても。

というわけで、この「本来の」クリムゾンは、計9枚のアルバムを遺した。ベスト5選びは、この9枚から行うのだからたいしたことではない……はずだった。
私がいちばん好きなのは、6枚目の『ラークス・タングズ・イン・アスピック(太陽と戦慄)』だ。そして次に定番の名盤『クリムゾン・キングの宮殿』。その次が『アイランズ』で。そうしてこれが多少意外かもしれないけど、次がダーク・ホース『アースバウンド』と来る。まあこんな感じで、第1位から4位までは決まるわけだ。以下、中間発表。

<キング・クリムゾンのアルバム・ベスト5>

第1位 『ラークス・タングズ・イン・アスピック(太陽と戦慄)』
第2位 『クリムゾン・キングの宮殿』
第3位 『アイランズ』
第4位 『アースバウンド』
第5位    ?

では、残り一枠の第5位に何を入れるか。

『イン・ザ・ウェイク・オブ・ポセイドン(ポセイドンのめざめ)』と『リザード』は、参加ミュージシャンも雑多、曲も雑多。そのため散漫でまとまりのない内容という印象の強いアルバムだった。
しかし、聴き返してみると、これがなかなか悪くないのだ。とくにジャズ的な部分にもクラシック的な部分にもヨーロッパ的なセンスが滲み出ていて、ブルースやR&Bなど黒人音楽をベースにしていた当時の大半のロックとは一線を画す音楽がここにはある。

『スターレス・アンド・バイブル・ブラック』は、即興中心の冗長なアルバムだと思っていた。アルバムの四分の三はライヴ音源を加工したもの(発表当時はそんなことは知らずに聴いていたけれど)。
とくに、毎日練習していないとライヴで弾けないとフリップ自身が言う難曲の「フラクチャー」。聴いているこちらもかなり疲れる。
ただし2曲のスタジオ曲「ザ・グレート・ディシーヴァー」と「ラメント」は素晴らしく良い。この2曲ゆえに捨てがたい魅力を持つアルバムではある。

『レッド』の問題は「スターレス」だ。「スターレス」はクリムゾン史上もっとも、と言うか、唯一「泣ける」曲である。解散するバンドの挽歌としてどうしても聴いてしまうからよけい泣けてくる。しかし情緒性が過多で、クリムゾンの曲としては違和を感じる。クリムゾンに涙は似合わない。彼らの音はもっと硬質であり、孤高だ。

『USA』は発売当時はものすごく貴重なアルバムだった。クリムゾンの唯一まともなオフィシャルのライヴ音源だったからだ。
しかし、周知の通り、その後この「ラークス・タングズ…」」期のメンバーによるライヴを集成したボックス・セット『ザ・グレート・ディシーヴァー』は出るは、伝説のアムステルダム公演をほぼ完全収録した『ナイト・ウォッチ』は出るは、さらには例のコレクターズ・クラブのシリーズは出るはで、『USA』はもう完全にその役割を終えたと思っていた。
しかし久しぶりに聴いてみると、やはりいいのである。お決まりのご当地インプロ「アズベリー・パーク」なんか、かなり良い出来だと思う。ただ肝心の「21センチェリー…」が今ひとつではあるのだが。

というわけで第五位がどうしても決まらない。
候補としては、いつもの私の変則技で、『エピタフ』(オリジナル・メンバー期のライヴ)、『ナイト・ウォッチ』(『ラークス・タングズ…』期のライヴ)、あるいはまたアルバム未収録の名曲「グルーン」が聴けるコンピレーション『ア・ヤング・パーソンズ・ガイド…』なども思い浮かんだのだったが、決定打にはならなかった。
クリムゾンの迷宮から抜け出すことができないまま日が過ぎていく。

それにしてもクリムゾンにはマニアックな、というかコアなファンが多い。ブートレッグも多いし、しかもその値段が他のバンドより高い気がする。足元を見ているのだ。
ブートもそうだけど、オフィシャルのアイテムも、かなり濃い。最近の40周年記念のヴァージョンもすごい。ついつい何枚かは買ってしまった。『クリムゾン・キングの宮殿』なんかは、もう手元に10枚まではないが5枚以上はあるかも。
ネットでも熱いページがいっぱいある。「キング・クリムゾン・データ・ベース」なんか、ほんとに御立派です。
そんなページには及ばないけど、とりあえず上記のベスト4のアルバムについて私なりに一言ずつコメントして、とりあえずこの迷宮を終わりにしよう。

<ベスト4・アルバムについてのコメント(発表順)>

『クリムゾン・キングの宮殿』

収録されている5曲が5曲とも全部タイプが違う。一つにまとまることのないまま、ごつごつと寄り集まっているような印象のアルバム。それでもこの5曲をくくっているものは何なんだろう。不安と絶望と破壊衝動…。たとえばイエスの肯定的な世界観などとはまったく反対の気分がここにはある。

それにしても5人の若者が、当人たちの意思をも超えて、いきなり作り出してしまったバケモノのような作品。私には永遠の謎として立ちはだかっているアルバムだ。

『アイランズ』

クリムゾンのアルバムの系列から、ややはみ出しているようにも見えるアルバム。しかし、この鬱屈した耽美的な美意識は、クリムゾンの本質的な一面を示しているとも言える。
耽美サウンド全開の1曲目「フォーメンテラ・レディ」。線の細いボズのヴォーカルが繊細さをかもし出す。そして連続して始まる「セーラーズ・テイル」。フリップのセンスの鋭さがさえわたる名曲だ。繊細な叙情と暴力性が表裏になっているこのクリムゾン的展開に、いきなり引き込まれてしまう。

本当はこのアルバムを彼らの最高傑作に推したい気持ちもあるのだ。だが、あの何とも間の抜けたエンディングがねえ。
室内楽風の曲「プレリュード……」があって、その後に続くラストのタイトル曲。気まぐれに鳴り響くラッパが、どこまでもまとまらないままにやがて消えていく。何を考えているのか分らない、ぽかんと拍子抜けのエンディング。
しかしそんな不完全さ、キズが、強いて言えばこのアルバムの魅力のひとつとなっているのかもしれない。

『アースバウンド』

カセット・テープ録音という乱暴なライヴ。そのためなかなかCD化されなかったという。しかし、その劣悪な音によって、よけいこのバンドの暴力的な印象が強まり、独特の魅力を持つアルバム。
録音が悪いだけでなく、演奏そのものもラフでワイルド。非ブルース・ルーツのバンドの唯一のブルース・アルバムだ。
メンバー間の人間関係がよくなかったと言われているが、真偽はともかく、ある種の緊張感が、安易に流れがちなブルース・ジャムを、クリムゾン的な暴力衝動の表現に引き上げていると思う。フリップのギターは、どんなときでも異様だけども。
「21センチェリー…」は、その暴力性ゆえにこの演奏がクリムゾン史の中のベストでは。

『ラークス・タングズ・イン・アスピック(太陽と戦慄)』

ジェイミー・ミューアの演奏が素晴らしい。
グループ再編にあたり、メンバーにヴァイオリンを入れるところまではわかるとして、 さらにこんなわけのわからん前衛パーカッショニストを入れることにしたフリップは偉い。
「ラークス・タングズ……パート・Ⅰ」、「パートⅡ」、「イージー・マネー」などはとくに、ミューアのプレイによって世界が広がっている。
ミューアといえば、クリムゾンがドイツのテレビ番組『ビート・クラブ』に出演したときの映像が印象に残っている。うろうろと歩き回りながら、ヘンテコなものをたたき続けるミューアの狂気じみた眼が忘れられない。

繊細さと暴力性、文学性と肉体感、ヨーロッパ的な美意識と非ヨーロッパ的な躍動感、さまざまな相反する要素を飲み込みブラック・ホール化したクリムゾンの世界。
しかしこれが最高傑作であって、この後、クリムゾンの世界はしだいに硬直化していくような気がする。思えば「ディシプリン」以降の方向性も、じつはこのときから用意されていたのかもしれない。

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