2013年11月12日火曜日

6日間で辿る『レッド』への道(ザ・ロード・トゥ・レッド)


先日発売されたキング・クリムゾンのボックス・セットのタイトルは、『ザ・ロード・トゥ・レッド』。つまり、『レッド』への道。このボックスでは、74年北米ツアーから16公演の音源を収録し、アルバム『レッド』へと到る道を辿っている。
この内12公演については、既発の音源があり、ボックスを買わなくても聴くことができる。さらにその内の6公演については、とりあえず日本盤で入手可能だ(全曲収録でないものもあるのだが)。これなら私の手元にもそろっている。

ボックスを買うのはなかなかたいへんだ(コアなマニアなら平気なんだろうけど)。そこで、手元にあるこの6日間のステージの音源だけで、お手軽に『レッド』へと到る道を辿ってしまおう、というのが今回の趣旨である。
『ザ・ロード・トゥ・レッド』を買わない人も(そして買えない人も)、これらをじっくりと聴けば、「キング・クリムゾンの真実の姿」に迫れる…かも?


さてその6公演とは次のとおり。

<> 4月29日 ピッツバーグ公演 (『ザ・ロード・トゥ・レッド(以下TRTRと略)』ディスク2、3に収録)
1974年北米ツアー前半の中盤。ラジオ番組「キング・ビスケット・フラワー・アワー」用の録音が音源。

<> 6月24日 トロント公演 (『TRTR』ディスク11、12)
1974年北米ツアー終盤の「最高の瞬間」へと向かってバンドにスイッチが入った日。

<> 6月28日 アズベリー・パーク公演 (『TRTR』ディスク15、16)
バンドがレッド・ゾーンへと振り切れる怒涛の4日間の始まり。
ライヴ・アルバム『USA』の曲の大半はこの日の演奏。

<> 6月29日 ペン州立大学公演 (『TRTR』ディスク17)
フリップが体調を崩してアンコールなしだったが、それを感じさせない演奏。

<> 6月30日 プロヴィデンス公演 (『TRTR』ディスク18、19)
ツアー最後の屋内ステージ。この日のインプロ曲「プロヴィデンス」が『レッド』に収録、アンコール「21世紀の…」が『USA』に収録された。

<> 7月1日 ニューヨーク、セントラル・パーク公演 (『TRTR』ディスク20)
ツアー最終日。クリムゾン最後のライヴ。メンバーが、このツアーで最高と振り返る演奏。


<各公演についてのコメント>

■ 1974年4月29日 ピッツバーグ公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク2、3に収録。
・ラジオ番組「キング・ビスケット・フラワー・アワー」用の録音が音源。
・ダウンロード版で入手可能。
・全15曲の内の11曲を『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD3で聴くことができる。ただし「太陽と戦慄パートⅡ」は、あっという間に終わる短縮版。割愛されているのは「ラメント」、「フラクチャー」、「イージー・マネー」とアンコールの「21世紀の…」の4曲。

この日のセット・リストはやたらと曲数が多い。ラジオ番組収録のための録音だから、番組の尺に合わせているのかもしれない。

以下『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録の11曲を聴いての主な感想。

「ザ・グレート・ディシーヴァー」。当時のセット・リストでは、コンサートの幕開けが、この曲だった。開幕と同時にいきなり変拍子で目まぐるしく畳み掛けてくる。聴衆はいっきにクリムゾンの世界に連れていかれるにちがいない。
フリップは、ライヴでのこの曲の演奏は満足の出来るものではなかった、と語っている。しかし、この日の演奏はスタジオ版に勝るとも劣らない出来に聴こえる。

「バートリー・バッツフォード」。クリムゾンのメンバーたちは、ひとつのコンサートで、2曲のインプロヴィゼイションを演奏することをポリシーとしていた。この日の曲目には、この曲とは別に2曲のインプロ曲がある。だから、この曲は「インプロ」と標記されているけれども、次の「エグザイル」のためのほんのちょっとした前奏として聴くべきだろう。

インプロヴィゼイション「ダニエル・ダスト」は、ヴァイオリンを前面にフィーチャーした穏やかで牧歌的な曲。『暗黒の世界』の「トリオ」にかなり近い曲調だ。
ディスク1に収められた前日の公演でも、この位置のインプロ曲は同じような曲調であったらしい。次の「ナイト・ウォッチ」のイントロへ向けて収束していくことを前提にしているためだろう。

「ドクター・ダイアモンド」は、ブートレグでおなじみの曲だ。スタジオ盤には未収録のヴォーカル曲として、ずいぶんありがたがって聴いていたものだった。
しかし、これは何度聴いてもバランスの悪いヘンな曲だ。ヴァイオリンとギターの切れ味の悪いリフ、ウェットンの字あまりヴォーカル、テンポを落としてからの意味のない間奏などなど。フリップもこの曲について「一つの曲としてぴったりと納まることは決してなかった」と述懐している。
『ザ・グレート・ディシーヴァー』への収録は、一つの「記念」みたいなものだったのだろう。そういえば、今回のボックスでも、この曲が入っているのは唯一このディスク3のみだ。

「ウィルトン・カーペット」は、『暗黒の世界』の「ウィール・レット・ユー・ノウ」を思わせる不穏なトーンのインプロ曲。同じリズムが繰り返されて、まるで「ボレロ」のようにクレッシェンドしていく。その間、クロスのエレピとフリップのギターがくねくねと絡み合いながら濃密な空間を作り出す。これがかなりスリリングだ。
しかし、ついに「ウィール・レット…」のようには爆発しないままに終わる。「トーキング・ドラム」につながる設定だからだろう。つまり「トーキング・ドラム」の前のインプロは、「トーキング・ドラム」とセットというか一体のものとして聴くべきなのではないか。

コンサートの全体としては(といっても4曲は聴いていないのだが)、なかなか充実した演奏だと思う。
しかし、フリップ自身はこの日の演奏の出来について、まったく悲観的だ。フリップは、この日の日記に次のように書いている。「私の演奏は最低だった。くじけてしまい、誰とも話すことができなかった。」(『ザ・グレート・ディシーヴァー』のパンフレットに掲載)
なぜ彼がそう思ったのかはわからない。しかし、そのことよりもむしろ、いつも冷静な印象のフリップが、思わず見せた心の弱さの方がより興味深い。ああ、彼もやっぱりわれわれと同じような人間なんだなと安心させてくれる。今日の演奏も、なかなか良かったぜ。


■ 1974年6月24日 トロント公演

・『ザ・ロード・トゥ・レッド』ディスク11、12に収録。
・ライヴ・アルバム用に録音車で録音された音源。
・全11曲の内の4曲を、『ザ・グレート・ディシーヴァー』のCD4で聴ける。収録されているのは2曲のインプロヴィゼイションと「ナイト・ウォッチ」と「フラクチャー」。
・この公演のコンプリート音源は<キング・クリムゾン・コレクターズ・クラブ>からも出ているが、日本盤にはなっていないようだ。なので、私は持っていない。

今号のレコ・コレ誌(2013年11月号)『レッド』特集の坂本理の記事によると、この日がクリムゾンに「スイッチが入った」日ということになる。「スイッチ」とは、ツアー終盤のアズベリー・パークやセントラル・パークでの「最高の瞬間」に向って上昇を始める「スイッチ」ということだ。
その指摘の中で坂本が例として言及していた「イージー・マネー」と「21世紀の…」の2曲が、よりによって『ザ・グレート・ディシーヴァー』の4曲では聴けないのは何とも残念。たまたま私はこの日のブートも持っているのだが、それも全曲収録ではなくて、やっぱりこの2曲が入っていない。無念。

以下それでもめげずに『ザ・グレート・ディシーヴァー』収録の4曲を聴いての主な感想。

「ゴールデン・ウォールナット」は、坂本の記事の中でも言及されていたインプロ曲。いきなりハイテンションのインタープレイが聴ける。まさに爆発的な演奏。フリップのギターが、ときには痙攣的によじれ、ときには伸びやかに、自由自在に宙を舞う。クロスのエレピはその陰で、まったく存在感がない。
後半は一転して「ウィール・レット・ユー・ノウ」を思わせるスカスカの展開に。しかし各人の繰り出す断片的な音の応酬が、爆発しそうでしない異様な緊張感を作り出している。

「フラクチャー」は、ここでの演奏がとくにどうということではなく、もともと私は好きではない曲。ディシプリン期のような曲調で、曲そのものに魅力を感じない。

もうひとつのインプロ曲「クルーレス・アンド・スライトリー・スラック」(「スターレス・アンド・バイブル・ブラック」の駄ジャレ?)は、終始クロスのヴァイオリンを中心にしている点で異色の曲。
前半はほとんどクロスのソロ。ヴァイオリンが静かに空間をつむいでいく。不穏な空気が流れ始めると、ヴァイオリンが、ベースやパーカッションと細かいフレーズを応酬して、それなりにドラマチックに展開。
後半は重いビートにのって、不協和音のヴァイオリンが不気味に舞う。そしてくるくると舞い降りるフレーズで幕。デヴィッド・クロスもがんばっている。何もクビにしなくても…。

全体の印象としては、緊張感があってよい演奏だと思う。
しかし、はっきり言ってこの4曲だけでは、上昇に向い始める「スイッチ」がバンドに入ったかどうかは、私にはわからない。ブートレグで、11曲中の9曲を聴いてもやっぱりわからない。この日の前後の公演と比較してないのだから当然か。


残りの4公演については、次回に続く。

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