2013年4月7日日曜日

陳信輝 『SHINKI CHEN』

フード・ブレインのDNAシリーズの第2回め。前回の柳田ヒロに続いて今回から2回にわたって陳信輝を取り上げる。今回はフード・ブレインの解散後に出た陳信輝のソロ・アルバムについて。次回はその後に結成したスピード・グルー&シンキのアルバムについての予定。

フード・ブレインの唯一のアルバム『晩餐』が出たのが1970年10月のこと。フード・ブレインはそのまま解散してしまう。そして翌月11月には早くもメンバーのひとり柳田ヒロのソロ作『ミルク・タイム』が発表されたことは前回に書いた。

柳田のソロが出た翌々月、年が明けた1971年1月に今度はギタリストの陳信輝がソロ・アルバム『SHINKI CHEN』を発表している。一応名義は陳信輝&HIS FRIENDSとなっていた。
この「HIS FRIENDS」のクレジットの中には、柳田ヒロ(キーボード)や加部正義(ベース、ただし1曲のみの参加)といったフード・ブレイン組の名前も見える。
またこのアルバムでとくに目に付くのは、柳譲治(のちの柳ジョージ)が大きくフィーチャーされていることだ。柳はヴォーカルとベースを担当している他、曲作りにも参加している。アルバム収録全7曲のうち、柳は単独で2曲を提供、さらに1曲を陳と共作している。かなり大きな比重で、このアルバムに関わっていると言えるだろう。

このソロ・アルバムは、はっきり言ってあまり出来の良いアルバムとは言えない。そしてフード・ブレインを解散した陳信輝がここで何をしようとしていたのかもよく見えてこない。
とりあえず昔からの仲間とやりたかっただけなのかもしれない。しかし、それならフード・ブレイン残党組を呼ぶ必要はなかったような気もする。
またふつうに考えるなら自作の曲を中心にアルバムを作りたかったのではと思いたくなるのだが、彼の場合はそうでもないようだ。陳自身の単独曲はこのアルバムで実質2曲のみ(フリー・フォームの曲がさらに1曲あるがこれは作曲とは言えないだろう)。代わりに上にも書いたように、柳譲治に曲を提供させている。
陳という人は曲作りそのものにはあまり興味がなかったようで、この後に結成したスピード・グルー&シンキのアルバムでも、けっして積極的に自分の曲を提供していない。

では陳信輝はこのソロ・アルバムで何をしようとしたのか。もともとフード・ブレインの解散は、彼が望んだことではなかったのかもしれないから、無理やりソロ・ワークの意図を探ることに意味はないのかもしれない。
しかし強いて言うならば、一(いち)プレイヤーであることを越えて、自分の思うように全体のサウンド・プロダクションをしてみたかったのではないだろうか。

ソロ作『SHINKI CHEN』に漂う暗くて重く沈んだようなトーンは、フード・ブレイン時代にはなかったものだ。ドラッギーともサイケデリックとも言われているが、このトーンは陳の意図によるものであったと思うのだ。
しかし、そのためにフード・ブレインのアルバムで聴かれたような疾走感はなくなり、すっきりしないよどんだ感じのアルバムになってしまっている。柳譲治のヴォーカルも一本調子で、すっきりしないイメージをさらに倍加させている。

以下アルバムについてのコメント

□ 陳信輝&HIS FRIENDS『SHINKI CHEN』(1971.1)

フード・ブレイン解散後のソロ作ということで、陳信輝が思う存分弾きまくっているかと思いきや、全然そんなことはない欲求不満の一枚。
全体に悪夢のように混沌としていて重苦しい。本来そういう傾向の音が私は好きなのだが、ここではそれがよどんでいてすっきりしないのだ。フード・ブレインの『晩餐』のところどころで聴かれた暴走していくような快感はどこにもない。1曲目のタイトル「THE DARK SEA DREAM」が象徴的に示すように、まるで海の底で聴こえるようなサウンドだ。
この音のイメージはあきらかに意図して生み出されたものなのなのだろうが、陳がここで作りたかったのは、サイケでドラッギーな世界だったのだろうか。少なくとも重く湿ったブリティッシュ・ヘヴィ・サウンドを狙っていることだけはわかるのだが。

メンバーは陳の昔のバンド仲間のミュージシャンたち。
大雑把に分けるとふたつのセッションから成っている。
曲数としては1曲のみだが収録時間的にはアルバムの三分の一を占める、ベースが加部正義、ピアノとヴォーカルがジョニー山崎のセッションがひとつ。そしてもうひとつが、それ以外の6曲(実質は5曲)で、ベースが柳譲治、キーボードが柳田ヒロのセッションだ。ドラムスはどちらも野木信一。
柳田ヒロが参加しているから、フード・ブレインの解散はとりあえずケンカ別れではなかったらしい。本当のところはわからないけど。

目につくのは陳の旧友柳譲治の大幅起用だ。上にも触れたように、柳はここでヴォーカルとベースに加えて曲も3曲提供している(内1曲は陳との共作)。しかし、このコラボははっきり言って失敗だと思う。
柳はその後、柳ジョージ&レイニーウッドを結成して「雨に泣いている‥」でブレイクし、先年亡くなって話題になった。私もレイニーウッド時代の演歌のようなヒット曲のいくつかはわりと好きだった。
しかし、このアルバムでの若き日の柳は、いいところが全然ない。ヴォーカルは一本調子だし、提供した曲もつまらない。ついでに言うと、彼のベースも今ひとつ。ギタリストの弾くベースがしばしばそうであるように、弾き過ぎていて軽いのだ。ヘヴィ・ロックのはずなのに。

それにしても柳を曲作りに起用した分、陳は自分であまり曲を書いていない。ギタリストであるだけでは収まりきらず、全体のサウンド・プロダクトに興味があるはずなのに、曲作りは他人まかせとは何とも不思議な人だ。
なお曲の出来が良くないのは、柳提供以外の曲もだいたい同じで、それが結局このアルバムの致命傷になっている。

以下、各曲についての感想。

THE DARK SEA DREAM(海の底)」
アルバムのオープニングはいきなりのアヴァンギャルド曲。深海をイメージさせるようなフリー・フォームの演奏、サウンド・コラージュ、テープ逆回転などが延々5分弱にもわたって続く。
アルバム冒頭にこういう曲をもってくる商業性無視の根性がいい。フード・ブレイン時代の「穴のあいたソーセージ」から続く陳信輝のアヴァン魂に脱帽だ。
ところでアルバムのクレジットで、陳はギターの他にベースとドラムスとピアノを弾いていることになっている。このアルバム中、ジョニー山崎が弾いている以外でピアノの音が聴こえるのはこの曲のみ。だからこのピアノは陳が弾いているのだろう。さらにおそらくはここでのベースとドラムスも彼が一人で弾いているのではないかと思うのだが。
それにしてもこの曲は、この後に続くこのアルバムのダークでディープな音の世界の入り口としてじつにぴったりだ。

REQUIEM OF CONFUSION(混乱の葬儀)」
もやもやとして重くよどんだ音の中で響くダークなブルース。
ヴォーカルはイコライジングされて遠くから聴こえるような感じになっている。
このイメージはこの後アルバム全体にわたって続くことになる。

FREEDOM OF A MAD PAPER LANTERN
柳譲治作のブルース・ベースの曲。で、つまらない。
単純なリフがループのように執拗に続いてパラノイアック。

GLOOMY REFLECTIONS
空間を満たすように鳴り続けるオルガンが悪夢のよう。

IT WAS ONLY YESTERDAY
サウンド全体にジェット・マシーンがかけてあって、よじれまくっている。まあそれだけの曲。

CORPSE(屍)」
これも柳譲治作。で、やっぱり駄曲。

FAREWELL TO HYPOCRITES (偽善者からの訣別)」
4分半のヴォーカル曲のあとに強引に8分半のジャム・セッション・パートをくっつけた構成。ジョニー山崎のヴォーカルもやっぱりひどい。
セッション・パートでは、陳のギターのトーンがブリリアントで、ドミノス時代のクラプトンを思わせる。ただ全体に密度に欠けていてユルイ。繰り返しのフレーズが多かったり、シンセのような音が入ったりで、『オール・シングス・マスト・パス』のアップル・ジャムみたいな感じだ。それなりに面白いのだが。

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