2013年5月24日金曜日

水谷公生 『A PATH THROUGH HAZE』

  今回は水谷公生(みずたに・きみお)のソロ・アルバムについて。一応、これまで何回か書いてきたフード・ブレインのDNAシリーズの番外編ということで。

水谷公生は1970年代初頭の日本の初期のロック・シーンにおいて、スタジオ・ミュージシャンとして数々のセッションに参加し異彩を放ったギタリストだ。
私はこれまで彼の名をまったく知らなかった。しかし、GSのタイガースの大半の曲のギターを弾くなど、歌謡曲の世界でも幅広く活躍していたとのことで、それと知らずに彼のプレイを当時、私も耳にしていたらしい。

そんな私をいきなり驚愕させたのは、柳田ヒロのソロ作『ミルク・タイム』においての水谷のプレイだった。
フード・ブレインのメンバー達のアルバムを辿っていく中で、この柳田の初ソロ作を聴いたのは、じつはつい最近のこと。このアルバムの中で、めぼしい曲と言えば、「RUNNING SHIRTS LONG」とFINGERS OF A RED TYPE-WRITER」の2曲のみなのだが、ここでの水谷のプレイがすごい。

RUNNING…」のソロなど英米のロックの誰にも似ていない独自のスタイルだ。柳田のオルガン・ソロのときのギターのバッキングの入れ方もかなりエキセントリック。
FINGERS OF…」では、スムーズな白熱のソロのあと、ブレイクを挟んでのソロ後半で、一転エフェクトをはずして奇妙にねじれたフレーズで意表をついてくる。まるでフランク・ザッパだと思った。
当時としては珍しくブルースをベースにしていないエキセントリックなスタイルの異能の人という印象を受けたのだった。

田口史人は水谷公生を「70年代初頭の日本で最も歪んだ音を奏でていたギタリスト」と評している(『ロック・クロニクル・ジャパンVol.1』音楽出版社1999年)。
また日本の初期のロックについてマニアックに語った『ジャップ・ロック・サンプラー』で知られるジュリアン・コープは、水谷を「日本のフランク・ザッパ」として高く評価しているとのことだ。

そんな水谷が1971年に発表した唯一のソロ作が、『A PATH THROUGH HAZE』だ。一般的には名盤と言われているようだが、中には「怪盤」と呼ぶ人もいる。
水谷は海外での評価が高く、このアルバムも何年か前に海外でブートレグが出回ったということだ。
水谷に興味を持った私はさっそくこのアルバムを手に入れた。ちなみにユニオンにて、紙ジャケの中古盤で600円也だった。で、実際に聴いてみると、これはやっぱり正直なところ名盤というほどのものではない。中途半端で、全体としてどこを向いているのかわからないところがある。「怪盤」と呼ばれるのもよくわかる気がする。いずれにせよ、いい曲もあるが、今ひとつの曲の方が多くて、結局中身が薄過ぎる。
良かったのは、「TELL ME WHAT YOU SAW」と「ONE FOR JANIS」の2曲くらい。それでも『ミルク・タイム』の2曲にはエキセントリックという点では及ばない。

いくら自身のソロ・アルバムであっても水谷の異能ぶりは、このアルバムだけでは伝わらないだろう。その片鱗は発揮されているとしても。
やはりこの人も当時の日本の初期のロックの担い手たちと同様、優れたプレイヤーではあっても、優れたクリエイターではなかったのだろう。セッション・プレイヤーとして与えられた一定の枠の中で、最高のプレイをすることは出来る。しかし、英米のロック・マスターたちのように、新たな表現の枠組みを作り出すことはしなかったのだ。
水谷は後年、歌謡曲の世界で作曲家・編曲家として活躍することになる。だから、彼がクリエイターではなったというのは、少なくともこのソロ・アルバムの制作時点では、という限定付きの話にしておこう。
ともあれもちろん彼がプレイヤーとして残した最高のプレイの数々は、この後もずっとその素晴らしい輝きを失うことはないだろう。

以下、アルバムについて。

□ 『A PATH THROUGH HAZE』(1971.11

このアルバムには、佐藤允彦、鈴木宏昌、猪俣猛といったバリバリのジャズ畑の人たちが演奏で参加している。加えて佐藤と鈴木は、曲も2曲ずつ提供している。そのためアルバム全体にジャズっぽいテイストがある。いわゆるジャズ・ロックだ。当時の日本の初期のロックが、ブリティッシュ・ハード・ロックをベースにしていた中で、明らかにここで聴ける音は系統が違っている。
ジャズとロックの混ざり具合によっては、一部でハット・フィールド&ノースとかナショナル・ヘルスみたいな英国のカンタベリー系に似た感触の音も聴ける。 
それからアルバム全体の印象としては、ギターの音は歪んでいるが、ジャズ・プレイヤーたちの演奏が端正で、ちょうどフランク・ザッパの『ホット・ラッツ』を思わせるようなところもある。

作曲者としては他に当時ハプニングス・フォーのクニ河内が2曲提供している。これは水谷が一時、ハプニングス・フォーに在籍していた縁からなのだろう。
アルバム・ジャケットの内側の絵もクニ河内が描いていて、この絵はなかなか良い。しかし、彼が提供した2曲は、ひどくつまらない。安っぽい歌謡ポップスといった感じ。

そんな曲もあるせいで、水谷の炸裂する歪んだギターは、アルバムを聴き始めてもなかなか出てこない。
 やっとそんなギターが登場するのが、4曲目の「TELL ME WHAT YOU SAW」。それとかろうじて次の「ONE FOR JANIS」。
そして、もうそれでおしまいなのだ。その後はまたいまひとつの曲が続いてアルバムは終わってしまう。
何とも物足りない内容というしかない。

以下、各曲について。

1 「A PATH THROUGH HAZE

水谷と佐藤允彦の共作によるアルバム・タイトル曲。
地味な曲だ。アルバム全体の序曲ということなのか。と同時にこの曲自体が、曲の中盤に大音量で一瞬だけ登場するディストーション・ギターのための長い序奏と長い後奏とも言える。
いずれにしても、抑えめの演奏で、炸裂するギター・サウンドを期待しているこちらとしては何とも肩透かしのオープニング。

2 「SAIL IN THE SKY

鈴木宏昌の作曲で、ジャズというよりフュージョンぽい曲だ。この時代はまだクロス・オーバーと呼んでいたわけだけど。
クラシカルな前奏に続いて、フュージョン風の軽快なドラムスとエレクトリック・ピアノとフルートのアンサンブル。それに乗って、軽めにディストーションのかかったギターが、ソロを展開する。ギター・ソロはあくまでライトでクールで抑えめ。
ちょうどカンタベリー系の音、たとえばハット・フィールド&ノースとかナショナル・ヘルスにかなり近い感触だ。もっともどちらのバンドもこの時点ではまだ存在していなかったわけだが。
というわけで2曲目になってもまだギターは期待していたように爆発してくれないのだった。

3 「TURNING POINT

これは「歌のない歌謡曲」でしょ。クニ河内作。歌ものっぽいメロディをギターがただなぞっているような感じ。しかもそのメロディが凡庸。取り得のない曲だ。

4 「TELL ME WHAT YOU SAW

4曲目にしてやっと水谷の単独自作曲。そしてやっと彼のギターが爆発する。
ギターとドラムスがかなり執拗に絡むテーマ部がひどく偏執的。いかにもキング・クリムゾン風で、その後の展開に期待が膨らんでくる。
初めと終わりにこのテーマ部があって、それにはさまれて演奏されるインプロヴィゼーション・パートが素晴らしい。
フリー・ジャズっぽい集団即興だ。ギターが引きつったようなフレーズでフリーキーに暴れまくる。ディストーションのかかったベースが唸り、ピアノが沸騰する。
トータル4分52秒。あっという間に終わってしまう。もっと長くやってほしかった。

5 「ONE FOR JANIS

佐藤允彦作。タイトルのジャニスは、ジャニス・ジョプリンのことか。ジャニス・ジョプリンはこのセッションの前年に亡くなったばかり。そう言えばこの曲のテーマは、何となくジャニスの「ムーヴ・オーヴァー」に似ているような似ていないような…。

シンセサイザーでちょっと味付けされているが、ロック・ビートの曲。ジャム・バンド的な展開で、水谷ののた打ち回るギター・ソロを堪能できる。しかし、期待したよじれ具合は今ひとつか。でももっともっと聴きたい。
佐藤允彦のシンセサイザー・ソロは、今の時点で聴くと骨董品。

6 「SABBATH DAY’S SABLE

これもまたクニ河内作の「歌のない歌謡曲」。ストリングス入りのアレンジも歌謡曲的。で、やっぱりメロディがつまらない。こういう曲のせいでアルバム全体の水増し感が増幅。

7 「A BOTTLE OF CODEINE

コデインとは阿片から作った鎮静剤とのこと。
 鈴木宏昌の曲だが、これも「ONE FOR JANIS」同様基本的にロック・ビートの曲。粘っこいミディアムのテンポに乗って這いずり回るようなタメの効いたギターのソロが延々と展開される。が、長いわりに盛り上がらないまま不発に終わってしまう感も。この陰鬱でダウナーな感じが、それなりによいと言えばよいのだが。

8 「WAY OUT

水谷の自作曲。女性のスキャット入りの静かな曲。同じフレーズがぐるぐると繰り返され、これも盛り上がらないまま終わる作り。1曲目のタイトル曲に対応したこのアルバムの終曲という趣向なのか。

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